ジンセノサイドは合成できないのか?(休憩4-1)
2016 年 2 月 22 日研究開発室 中村
研究開発室の中村です。
これまで、「同定」「精製」「触媒」「保護・脱保護」の話をしてきました。
今回からは、予告していた「逆合成」や「立体構造」の話を2回に分けてお伝えしたいと考えています。
今回は「逆合成」についてです。
逆合成は、最終生成物(目的化合物)から出発し、既知の化学反応を元に各段階の反応物を導き出す手法で、複雑な化合物を合成する場合に必須の概念です。
例を挙げてみましょう。
化合物Aの合成一例
上記の化合物Aを合成したい場合、どの化合物を出発物質にするのかといえば…化合物Bです。
化合物Bから合成すれば、簡単に化合物Aができます。
この反応は一例ですが、合成では簡便で効率のよい操作で、目的の化合物を純粋に合成できる経路を設計することが大切です。
そのため、合成を考える場合には以下のことを考慮しないといけません。
- 置換基と官能基が正しい位置にあり、三次元配置も正しく、炭素骨格の構築ができる合成経路の設計
- 理想的にもっとも短い合成経路であり、各段階で高い収率
- 目的の生成物だけが選択的に得られる合成工程
これらの目的を達成するため、実際の合成反応とは逆向きに炭素-炭素結合を切断し、官能基を効率の良い化学反応で他の官能基に変換することで、目的化合物を入手容易な出発物質まで単純化する一連の手法を「逆合成解析」といいます。
上記の化合物Aのような単純な化合物ならば、直感で化合物Bからの合成経路を思い浮かべることができます。
しかし、複雑な分子の場合、この手順を踏まずに逆合成解析を行っても、合成経路を導き出すことはできません。
では、どのように逆合成解析をしていくのか。
化合物Cを対象にして、基本的なことを示します。
化合物C
合成で得る目的化合物を標的分子と呼び、標的分子の炭素-炭素結合を切断します。
比較的に簡単な標的分子でも6通りの合成経路、つまり入手容易な出発物質への経路が考えられます。
また、標的分子を単純に切断するだけでも、3通りの切断する箇所があることが分かります。
結合の切断はで、逆合成矢印は標的分子から逆向きで示し、単純化を表しています。
この他、切断する前に官能基相互変換(FGI)をする方法もあります。
官能基相互変換は、逆合成解析の際に使用される用語で、酸化反応や還元反応のように官能基を他の官能基に変換する操作を表します。
逆合成記号上にFGIをつけて表します。
標的分子Cも、官能基相互変換を行うことで、さらに3通りの切断する箇所ができます。
Cの合成法として選択する経路は、反応剤の価格や入手の容易さなど多くの要素を考えて決めていきます。
さらに官能基相互変換によって、炭素-炭素結合の形成反応が高収率で進行する場合を除けば、合成工程は最小である方が理想と近くなります。
この合成経路には様々な方法があり、どれが正解かは表せません。
このように、逆合成解析では複数の正解が得られることが、しばしばあります。
そのため、個人の好みで反応経路を選ぶ場合もあります。
逆合成をもっと詳しく説明しようとすれば、まだまだ説明は長くなります。
「保護」「脱保護」などを利用し、もっと複雑な逆合成解析も可能です。
これまでに紹介したジンセノサイドの合成も、逆合成解析をしてから合成を試みたのではないかと私は考えています。
それでもPPDやPPTより小さな分子の合成は、なかなか見つかりませんので、地道に探しています。
次回は、立体構造についてのお話です。
[1] C. L. ウィリス, M. ウィルス著, 富岡 清訳, 有機合成の戦略 逆合成のノウハウ, 1998.